2013/08/25放送「残したいこと、忘れない方法」

文化系トークラジオ Life: 2013/08/25「残したいこと、忘れない方法」
http://www.tbsradio.jp/life/20130825/

・Part2の「とりあえず当時の最新技術で残そうとするけど後から掘り起こす事を考えてない」のくだり。
これは本編でも触れられてたように「なんだこのフロッピーディスクとかいうのは!」とかマイクロフィルムとか結構あるけど、後から再現できるように意識して残すったって結構難しいよなー。
未来のことなんてわからないし互換性があるように次の規格を開発していくしかないんじゃないかな。PSからPS2の時とかGBからGBAとDSみたいな感じで。
ブルーレイが出てきた時も結局「ディスク」の形状にしたからDVDもそのまま使えるようにできたわけだしどっかでVHSからDVDみたいな飛躍をさせつつも前のを変換できるようにって感じなのかなー。
あとは無形にしておくぐらいか。

・Part8で
「コンテンツだけあれば別にファンがどうのとかってどうでもいいんだけどっていうモノ消費」と
「ファン同士での交流がメインでそれがなかったらコンテンツをあまり求めないコト消費」
っていうのがあって、今回のとはまるで関係ないけど俺はどっちかというとモノ消費側だったんだなと思った。
もちろん人と喋りたくなるぐらい良かったとかそういうのはあるんだけど飽くまで良い作品ありきというか。



・「人類は衰退しました」のくだりにあったように今ある物っていうのはある程度文脈としてその前を知っておかないとそれが何なのか想像もつかない。
TOKIOが鉄腕ダッシュか何かで「江戸時代の生活用品を見た目だけで何の道具か当てる」ってゲームをやってたけど当時の状況とかを知ってないと何を意味するのか全然わからないことっていうのは多い。



・で、ふとチャーリーさんの新刊を読んでたら糸井重里さんの回(2006年)の時のちょっとうろ覚えだけど
「昔だったら小説とかで後世に伝えていたのを社会学は現実の複数の出来事を1つの物語のようにして繋げて伝えるわけですよ」「俺はそんなつもりとか全然ないのにな〜に勝手な事言ってるんだよって感じだよね」
ってくだりを思い出した。
簡単なフレーズとかで当時の時世を表したりなんだりしたりすることはできるけどそれでもそれなりの長さの助走にあたるような文脈がないと間違って伝わってしまうんだよね。
若者が携帯に依存しているとされてる状況とか色んなことについてこうやって本として残すことで点じゃなくて少し短いかもしれないけど線で形にしてあるのかなって思った。


ウェブ社会のゆくえ―<多孔化>した現実のなかで (NHKブックス No.1207)

ウェブ社会のゆくえ―<多孔化>した現実のなかで (NHKブックス No.1207)