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げんしけんの原作を読んだ

どういうわけか今まで読んでなかったげんしけんに昨日ようやく手を出し最新話まで一気に読みきった。
とても面白かったしとても好きな作品だった。リアルタイムで読めなかったことを後悔した。


・エピソードとしては荻上が徐々に笹原を受け入れていくとこがすごい好きだった。
それは荻上が「選べない環境」が原因で自分で受け入れたくない自分を形作ってしまった事を、
げんしけんっていう環境が解消してあげることができたからだと思う。
あと序盤のあの部室でだべってるとことか秋葉原行ったりしてるらへんの当時の空気感とかがなんかすごい好きだった。


こっからわりとどうでもいいけどぐるぐる思った話をずらずらと書いた。





・オタクを描く上でその時の世間的な扱いとか空気とか社会的な環境っていうのはものすごく大事だと俺は思ってる。
なんでかというと、俺は基本的に人格形成の上で「本人の素質」と、それと同等に「環境」っていうのがすんげー大きい要素と思ってるから。


・「素質」について
俺はもともと人にあるブラックボックスみたいな「素質」に「環境」が何かを入力することで少しづつ明らかになって組み上がるのが「人格」だと思ってる。


笹原は「ただぬるくオタ友のいないオタクの1人」だった。
でも消費するだけだったげんしけんの「会長」となることでスイッチが入り、笹原の度胸と行動力が引き出された。
結果、初のサークルでの同人誌を刊行に成功し、卒業後は編集者の道へと進んだ。

荻上はもともと腐女子としてディープなレベルにあって、発想も芯から染まりきってて、
そんな中で友人によってオタクであることに対して嫌悪感を抱えてしまう事件に巻き込まれてしまう。その結果「オタクが嫌いです」という尖った部分が出てきてしまう。
しかしげんしけんメンバーや薮崎によってその尖りは少しづつ丸くなり、笹原に自分を受け入れてもらうことでプロの漫画家の道へと進むことになる。

あとは田中もそうだけど、サークルで大野と出会って付き合うようになって、それまで趣味でやってた衣装作りやコスプレのカメラマンにより本腰を入れて、結果、職業にすることになった。(これはまだ宣言だけど)

あの作品の中だと笹原は典型的に環境に左右されるタイプとして描かれてて、逆に高坂は素質の割合が大きいタイプとして描かれてる。



・「環境」について。
あの連載開始時の2002年頃、まだアニメとかネットは今よりはだいぶアングラ扱いで、
ネオ麦茶が2000年だから2ちゃんの存在が少し明るみに出たぐらいだったかな……?
アニメはおジャ魔女とかやってた年。
で、初代の連載終了(9巻)は2006年だからハルヒとかひぐらしとかやってて電車男も1年前にあって、ニコニコ動画ができた年。ハレ晴レをアキバのホコ天で踊った動画が上げられてたりしてた頃。
だいぶオープンになって「深夜アニメブーム」とか言ってた頃。(だっけ?)

ジャンルとか領域っていうのは、

  1. 完全にアングラ(一部の人しか知らない)
  2. 「アングラなものである」という紹介が一般に向けてされる
  3. 一般に「アングラなあれでしょ?」という認識が広まる
  4. 一般にまでそれ自体が浸透する。それをオープンにしても割と問題なくなる。

っていう順に広まっていく。わかりやすいのだと今のニコニコ動画は4にまで辿り着いたところ。


幼少期の時点でものすごくオタク文化が迫害されてる(オタクとかキモッみたいな)中で成人するのと、オープンになってわりと受け入れられる空気の中で成人していくのとでは全く違う。
つまり、仮に同じ人間が2004年に18歳だった場合と14歳だった場合は同じ物を見ても精神への入り方が違うしそれぞれが20歳になった時に出る差はその「育った世間の空気」にもある。
それはさっき書いたように本人の「素質」に世間の風当たりとかの「環境」が入力されるから。
もし、荻上があの時代じゃなくこの2013年に中学3年生だったらあの事件は起こらなかっただろうと俺は思ってる。

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で、そんな中で斑目っていうのはあの「2003年の頃に20歳ぐらいのオタク」っていう色々世間の風当たりの影響を受けたであろう感じとか本人のダメさ加減とか色々が等身大のキャラとしてすごくよくできてるんだと思う。
(これが「斑目そのものが2003年らへんのオタクっていう文脈を表してる」ってことなのかな?っつーか文脈ってワードこういう風に使ったんでいいのか?)
で、2代目になって時代だけが2013年になって吉武みたいな現役(2013年式の)のオタクが増えて、
でも斑目だけはまだあの当時のままでそんな現実世界の進行とのギャップが広がって浮いてしまっている現状、
みたいなのをすごくうまく描いててすげーなと。

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なんかうまくまとまらないんだけどそういう事をぐるぐると考えている。

この2013年ってネットもオタク文化もすんげーオープンになったけど、2006年のあの頃にこのげんしけんの初代を読むっていうのは創作だけど手に入りそうで入らなさそうなリアルと理想が入り混じった幻想だったんだろうな。
ただとにかくすごく面白くて良い作品で、
「なんで俺は読まなかったんだろう」っていうのと同時に当時だったら間違いなく正視できなかったはずなので
「ようやく俺もこれが楽しめるようになったんだな」とも思った。