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コミュ力について

思いついた事

・「コミュ力」とか「コミュ障」なんて言葉が日常的に使われるぐらい
「コミュニケーションがとれるかどうか」は重要視されてはいる。
ただ、その戦闘力みたいな「コミュニケーション力って何よ」
っつーとあまりよくわからんのでコラムなり何なり
色んなとこで見かけても常にふわふわした話になってしまうことが多い印象。

ちなみに「コミュ障」に限って言えば
「人見知りであまり喋らない人」って意味になっちゃってる気がする。


・俺は今まで色んな人と喋ってきて「コミュ力があるって何だろうなー」
って考えて出た一時的な結論は
「喋る相手と自分のバックボーンにある段差を乗り越えられる力」かなーと思ってる。
この文章含め、人が使う言葉はそれぞれ通ってきたルートによって変わってくる。
同じ意味を指す時に違う言葉を使うことがあるし、その逆もある。


だから話す両者がそれまで育った環境(出身地、出身校、性別、部活、専攻とか)に
被ってる要素が多いほど使う言葉も近いものになって、
やりとりが比較的スムーズになる傾向がある。
でも、そこが被っている人間っていうのはごく少数しかいないわけで、
そうなるとお互いにバックボーンの段差が大きくなってくる。

と、ここで必要になってくるのが「コミュ力」なんだと思う。

・「すごい勢いで喋れるけど内容のやりとりがおおよそできてない」
みたいな人がそれなりにいて、
そういう人って雑談とかはうまいし場を盛り上げたりすんのもうまいのに
なんでそういう事ができないんだろうなーと思ってたら
もしかしたらこれが「コミュ力が無い、もしくはコミュ障」
ってことなのかなっていう結論に至った。

「口数が少ない」事と「やりとりができない」のはちょっとパラメータが別なんだと思う。
もちろん
普段あまり喋らない→考えてる事を言葉にするのがうまくない
→内容のやりとりがスムーズにできない
っていうのは存分にあり得るとは思うけど、それとこれとは一応別ということで。

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